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浦和地方裁判所越谷支部 平成6年(ワ)474号 判決

主文

一  被告は、原告甲野花子に対し、金一〇一一万一八二七円、原告甲野次郎及び同甲野花美に対し、各金五〇五万五九一三円及び右各金員に対する平成六年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告甲野花子に対し、金二九五六万一一五一円、原告甲野次郎及び同甲野花美に対し、各金一四七八万〇五七五円及び右各金員に対する平成六年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の暴行により死亡した甲野太郎(亡太郎)の相続人から損害賠償を求めるものである。

一  争いのない事実

1  被告は、平成六年三月七日午前八時五二分ころ、東日本旅客鉄道株式会社(JR)武蔵野線南越谷駅プラットホームにおいて亡太郎を回し蹴りして転倒させ、そのため、頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を負わせ翌八日死亡させた(乙1、本件加害行為)。

2  原告花子は亡太郎の妻であり、原告次郎は亡太郎の長男であり、原告花美は亡太郎の長女であり、法定相続分に従い、原告花子が二分の一、原告次郎及び同花美が各四分の一の割合で本件加害行為によって被った損害を相続した(甲7)。

亡太郎は、死亡直前には妻、長女と自宅に同居し、長男は学生として長崎に下宿していた(甲7、8)。

3  損害の顛補

原告らは、被告から二〇〇〇万円を受領し、前記割合によって、各自の損害に充当した。

二  本件の争点

原告らの損害額に争いがあり、また、被告は亡太郎には禁煙場所において喫煙した事情があり、損害額の算定においてして亡太郎に三五パーセントの過失相殺が考慮されるべきであると主張する。

第三  争点に対する判断

一  損害額

1  逸失利益(請求額五四三一万〇七八〇円のうち、四八八九万二三〇一円)二七三七万五二二一円

亡太郎は本件加害行為当時満五七歳(昭和一一年三月二〇日生)の健康体の家具塗装職人であり、昭和六二年から株式会社A木工所の専属請負人として自営業を営んでいた。個人事業者の収入額の算定については、被害前年の所得税確定申告所得額によって認定するのが相当とするところ、直前の所得税確定申告の証拠は提出されていない。しかしながら、亡太郎が請け負っていたA木工所の請負に関する年収表が提出されている。この証拠(甲17、証人荒井洋子)によれば、亡太郎の平成五年一月分から同年一二月分までのA木工所からの請負額が明示されている。これから必要経費である材料費を控除したものが所得額であったことが認められるところ、その額は、五〇六万四四二一円である(計算式・総収入額六一〇万四〇六四円から材料費一〇三万九六四三円を控除した額)。原告らはこれとは別に、平成五年一年間の所得の計算方法につき、A木工所から亡太郎の取引銀行であったあさひ銀行春日部支店に振り込まれた四五七万八七四二円に亡太郎に直接同年間に手渡された八四万円分(月七万円)を加えた額の合計金五四一万八七四二円が平成五年一年間の所得であると主張し、証人荒井もそれに沿う証言をするけれども、同証言は、前記表(甲17)におけるあさひ銀行に振り込まれたとする金額と実際にあさひ銀行に振り込まれた金額(甲5)とが一致しないことからすると、同証言はにわかに信用できない。むしろ、あさひ銀行に振り込まれた金額の合計金である四五七万八七四二円こそが平成五年の所得ではないかとの疑いが残る。そうすると、五四一万八七四二円の金額をもって平成五年一年間の所得とは認定できない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、亡太郎の本件被害時における年収は、五〇六万四四二一円と認めるのが相当である。

次に、亡太郎の生活費を検討するに、前記争いのない事実のとおり、亡太郎は生前中妻と長女と同居し、長男は学生として長崎に下宿していたことからして、被扶養者二名以上を扶養していたのであるから、全期間について生活費として収入の三割を必要としていたといえる。そこで、亡太郎の逸失利益を算出すると、年収金額五〇六万四四二一円から生活費三割を控除した額に死亡時の年齢五七歳から稼働期間六七歳までの一〇年間に対応する年五分の割合による中間利息の控除のライプニッツ方式による係数7.722を乗じ、本件行為当時の現価を算出すると二七三七万五二二一円となる(円未満切捨。以下同じ)。

計算式

5064421×0.7×7.722=27375221

2  慰謝料(請求額二六〇〇万円)二六〇〇万円

本件加害行為の態様、亡太郎が一家の支柱であること等本件に現れた一切の事情を斟酌すると亡太郎の慰謝料は原告らの主張どおり二六〇〇万円が相当である。

3  葬儀費用(請求額一二〇万円)一二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは亡太郎の葬儀を執り行い、一二〇万円の費用を要した。本件加害行為と相当因果関係のある葬儀費用は原告らの主張どおり一二〇万円が相当である。

右費用は、原告花子が二分の一、同次郎、同花美が各四分の一負担した。

4  検案書料(請求額三万円)三万円

証拠(甲9の1、2)によれば、認められる。

費用の負担割合については、前記3のとおりである。

二  過失相殺

前記争いのない事実に、証拠(甲13、乙1ないし9、被告本人)を総合すると、次の事実が認められる。

JR駅構内の禁煙運動については、平成六年一月九日JR船橋駅で火のついた煙草がもとで幼女があわや失明となる事件が起こった。これを契機として、同年二月からJR各駅構内における「迷惑煙草追放キャンペーン」が実施された。本件は、そのキャンペーン実施中の事件であり、JR武蔵野線南越谷駅プラットホームも終日禁煙区域と当局によって指定されて、キャンペーンの一貫として駅構内放送で駅員が終日禁煙を呼び掛けられていた。被告は、本件事件以前より、二回ほど亡太郎がプラットポーム禁煙区域で喫煙しているのを目撃し注意しており、亡太郎を喫煙ルールを無視する喫煙マナーの欠ける常習男だと認識していた。被告は、平成六年三月七日午前八時五二分ころ、乗降客で混雑するJR武蔵野線南越谷駅プラットホームで、亡太郎が平然と被告の前列で喫煙していることを目撃した。被告は亡太郎に注意していたにも拘らず、相変わらず、喫煙を止めようとしていないことから、不快感を抱き、亡太郎の後ろから「何で吸ってんだよ。前にも注意したろ。」などと言いながらその左肩あたりで肘をこづいて注意したところ、亡太郎がかえって向き直って「何もこづくことはねえだろ。」などと文句をいってきたことから、被告は亡太郎が煙草を単純にやめそうにないことや勤務時間に間に合わなくなることもあって、咄嵯にいわゆる回し蹴りを一回したところ、左足が亡太郎の顔面・前顎部あたりに命中し、その場に転倒してしまった。被告は亡太郎がコンクリート製のプラットホームに倒れたことは分かったものの、電車に乗って職場へ向かった。被告はその後、マスコミに報道され、刑事訴追もされたが、被告に同情する多くの市民からの嘆願書も寄せられた。

なお、本件加害行為直前に被告が背後から殴ったとの事実は認められない(甲14の記載内容は信用できない。)。

以上によれば、通勤の混雑する駅構内の亡太郎の喫煙行為は、JR当局がキャンペーン実施中であり、駅員が終日禁煙を呼び掛けていた事実に照らすと、鉄道営業法三四条の「制止ヲ肯セスシテ吸煙禁止ノ場所ニ於テ吸煙シタル行為」に当たる犯罪行為ともいえるものであり、単なる喫煙マナーの域を超えて、反社会的行為となったものである。にもかかわらず、亡太郎が喫煙行為を嗜好品の喫煙にすぎないとして、駅構内喫煙禁止区域で喫煙し続けていたことは本件加害行為を誘発する重要な不注意といわざるを得ず、過失相殺の対象となる行為であったといわざるを得ない。右諸事情に徴すると、その過失割合は太郎が三割と認めるのが相当である。

三  相続及び損害の填補

そうすると、原告らが被告に対し、請求しうる金額は金三八二二万三六五四円となるところ、原告らは被告から二〇〇〇万円の支払いを受けたので、被告が原告らに賠償すべき損害額は一八二二万三六五四円(原告花子九一一万一八二七円、原告次郎、同花美四五五万五九一三円)となる。

四  弁護士費用(請求額三〇〇万円)二〇〇万円

本件事案の内容等を考慮すると、本件加害行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は二〇〇万円(原告花子一〇〇万円、原告次郎、同花美各五〇万円)と認めるのが相当である。

五  以上の次第で、原告らの請求は、原告花子につき一〇一一万一八二七円、原告次郎、同花美につき各五〇五万五九一三円と右各金員に対する不法行為の日の翌日である平成六年三月八日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 生田治郎)

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